医療DXにおけるビッグデータの活用 | 活用のメリットや流れ・課題
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診療報酬改定DXは、医療現場を疲弊させてきた構造的な課題を解決し、創出されたリソースを患者一人ひとりへの医療の質向上へつなげられます。この記事では、診療報酬改定DXのテーマやメリットまでを紹介します。
診療報酬改定DXは、医療現場を疲弊させてきた構造的な課題を解決可能です。DX化で創出されたリソースによって、患者一人ひとりへの医療の質向上を実現できます。
本記事では、診療報酬改定DXのテーマやメリットを解説していきます。また、診療報酬改定DXの今後の動向まで紹介しているため、ぜひ最後までご覧ください。
診療報酬改定DXが促進される理由について紹介していきます。
それぞれ解説します。
診療報酬改定DXが推進される背景には、従来の改定作業が医療現場に強いてきた深刻な課題があります。これまで2年ごとにおこなわれる診療報酬改定では、その都度、医療情報システムの大規模なプログラム改修が必要でした。
この作業は、医療機関にとっては高額な費用負担、システムベンダーにとっては膨大な開発業務となり、双方に深刻な影響を与えています。結果的に、この非効率な状況が医療従事者の疲弊を招き、本来注力すべき患者サービスの向上や、より価値の高いシステム開発を阻害する一因となっていました。
診療報酬改定DXの最終的なゴールは、「医療関係者の負担軽減」「迅速かつ正確な医療政策の実現」「医療データの利活用促進による医療の質の向上」という3つの大きな柱で支えられています。
この改革は、改定作業の非効率性を解消し、医療従事者が本来の業務に集中できる環境を整えることを目指しています。これにより国民皆保険制度の持続可能性を高め、すべての国民がより良い医療を受けられる社会を実現するための、極めて前向きな取り組みです。
診療報酬改定DXの主なテーマは、以下の4つです。
ひとつずつ解説します。
診療報酬改定DXの核心となるのが、国が開発・提供する「共通算定モジュール」です。これまで各システムベンダーが個別に開発してきた複雑な診療報酬の計算ロジックを、全国共通のプログラムとして標準化するものです。
目的は、ベンダー間の解釈の差異をなくし、正確な計算を担保することにあります。このモジュールをクラウド経由で提供することにより、ベンダー各社は自社システムに組み込むだけで済むようになり、開発負担が劇的に軽減されます。この仕組みは、まさに改定作業の非効率性を根本から解決する一手です。
共通算定モジュールを正確に動かすためには、その土台となる「共通算定マスタ・コード」の整備が不可欠です。これは、医療行為や医薬品、特定器材などに付与されるコードを国が標準化し、誰でも利用しやすい形で提供する取り組みを指します。
現状では、これらのコードはベンダーごとに異なっている場合があり、データ連携の障壁となっていました。そのため、これらのマスタを整備・拡充することで、システム間のデータの互換性を高め、モジュールが正しく機能する基盤を構築しようとしています。この地道な土台作りこそが、医療情報全体の質を向上させるポイントとなります。
診療報酬改定DXでは、算定の根拠となる各種計画書や様式を、データとして活用しやすいアプリとして提供することを目指しています。従来、これらの様式は紙やPDFが主流で、システムへの再入力やデータ分析が困難でした。
この取り組みは、単なる電子化に留まらず、入力された情報が構造化されたデータとしてシステム間をスムーズに連携します。たとえば、リハビリテーション実施計画書がアプリ化されることで、そのデータが電子カルテやレセコンに自動で連携され、転記作業の負担とミスを大幅に削減可能です。そのため、院内業務の効率化を大きく前進させる施策として期待されています。
医療現場の負担を軽減する具体的な手段として、診療報酬改定の施行時期が「6月1日」へと後ろ倒しされました。これまでの4月1日施行は、医療機関やベンダーにとって年度末の繁忙期と重なり、準備期間が非常にタイトで大きな負担となっていました。
日本医師会などもこの課題を指摘しており、中医協での議論を経て、令和6年度改定からこの新しいスケジュールが適用されています。この変更により、関係者は少し余裕をもって改定準備に取り組めるようになり、より安全で確実な制度移行が実現されます。
出典参照:令和6年度診療報酬改定【全体概要版】厚生労働省保険局医療課 令和6年度診療報酬改定説明資料等について|厚生労働省
診療報酬改定DXのメリットを、それぞれ紹介します。
それぞれ解説します。
診療報酬改定DXによる医療機関(病院・診療所・薬局)のメリットは、以下の4つです。
ひとつずつ解説します。
診療報酬改定のたびに発生していた高額なシステム改修費用は、共通算定モジュールの利用により大幅に削減されます。これまで医療機関は、レセコンや電子カルテの改修費用として、多額の投資を半ば強制的に強いられてきました。
しかし、国が提供する共通モジュールを導入することで、この制度対応部分のコストが不要になるか、大幅に圧縮されます。その結果、医療機関は削減できた費用を、医療機器の購入や人材育成など、より直接的に医療の質向上につながる分野への投資が可能です。
医事課職員の専門的かつ時間のかかる作業が、この改革によって劇的に軽減されます。従来、職員は複雑な算定ルールの解釈、疑義解釈の確認、院内での周知徹底、そして膨大な請求・返戻業務に追われていました。
しかし、共通算定モジュールが導入されることで、こうした解釈のばらつきや手作業での確認業務が大幅に減るため、職員はより創造的で付加価値の高い業務に時間を使えるようになります。主に職員の働きがい向上と、医療現場全体の生産性向上に直結する重要な変化です。
国が提供する標準化された計算ロジックを用いることで、請求業務の正確性が向上し、病院経営の安定化につながります。解釈の違いによる算定ミスや請求漏れは、査定や返戻の主な原因であり、医療機関のキャッシュフローに直接的な影響を与えていました。
全国共通のモジュールを利用できると、こうしたヒューマンエラーのリスクが最小限に抑えられ、査定・返戻率の低下が期待できます。結果的に、医療機関は安定した収入を確保し、より健全な経営基盤の構築が可能です。
制度改定の内容が迅速かつ正確にシステムへ反映されるため、医療機関は新しいルールへスムーズに対応できます。これまでは、改定内容の告示から施行までの短期間で、ベンダーによるシステム改修と院内での運用準備を完了させる必要がありました。
しかし、診療報酬改定DXにより、制度の根幹部分が国から提供されるため、医療機関は煩雑な準備作業から解放され、変更点の理解と患者への適切な医療提供に集中できるようになります。この迅速な対応力は、変化の速い現代医療において不可欠です。
診療報酬改定DXによるシステムベンダーのメリットは、以下の3つです。
それぞれ解説します。
診療報酬改定DXによって、2年ごとに繰り返される複雑でミスの許されない診療報酬改定対応という重圧から解放され、開発リソースを有効活用できることは、ベンダーにとって最大のメリットです。
この改定対応は「デスマーチ」と揶揄されるほど過酷なもので、多くのエンジニアが疲弊する原因となっていました。共通算定モジュールの登場により、この定型的ながらも高負荷な作業から解放されることで、企業は人的リソースをより戦略的な分野に再配置することが可能になります。
診療報酬改定DXでは、制度対応に費やしていたリソースを、ユーザーである医療機関が本当に求める機能開発に振り向けられるようになります。たとえば、より直感的な操作が可能な画面設計、病院経営を支援するデータ分析ツール、あるいは医師の診断を補助するAI機能など、他社との差別化につながる開発に注力が可能です。
ベンダーは単なる「制度対応屋」から脱却できるため、医療現場の課題を解決する真のパートナーへと進化を遂げられます。
参入障壁となっていた改定対応の負担がなくなることで、新規ベンダーが市場に参入しやすくなり、医療システム市場全体の活性化が期待されます。これまでは、診療報酬への深い知識と対応体力がなければ、レセコンや電子カルテ市場への新規参入は困難でした。
しかし、基盤部分が共通化されることで、ユニークな技術やアイデアを持つスタートアップ企業などにもチャンスが広がります。健全な競争が生まれることで、最終的には医療機関が享受できるサービスの質が向上していきます。
診療報酬改定DXによる社会・国のメリットは、以下の3つです。
ひとつずつ解説します。
国が推進したい医療政策を、診療報酬改定を通じて全国の医療機関へ迅速かつ正確に展開できるようになります。たとえば、新しい医療技術の普及や、特定の治療法の推進などを、診療報酬上のインセンティブとして設定しても、その内容がシステムに正しく反映されなければ意味がありません。
共通算定モジュールがあれば、国の意図した政策がタイムラグなく、かつ正確に全国の医療現場の計算ロジックに組み込まれ、政策の実効性を飛躍的に高めることができます。
標準化されたデータが全国から集まることで、日本の医療の実態をより正確に把握し、効果的な政策立案(EBPM)につなげられます。これまでは、ベンダーごとにデータの持ち方が異なり、全国規模での正確なデータ収集・分析は困難でした。
診療報酬改定DXによってデータが標準化されることで、どの地域でどのような治療が多くおこなわれているかといった実態をリアルタイムで把握できます。その結果、限られた医療資源を最適に配分するための、根拠ある政策決定が可能です。
診療報酬改定DXは、政府が進める医療DX全体の基盤を強化する、エンジンとしての役割を担っています。この取り組みによって整備される共通のマスタやコードは、「全国医療情報プラットフォーム」や「電子カルテ情報の標準化」といったほかの重要施策と密接に連携しています。
診療報酬という医療経済の根幹のデジタル化・標準化は、医療情報全体の連携と活用のための土台を築くだけでなく、日本の医療DXを大きく加速させる原動力です。
診療報酬改定DXの課題は、以下の3つです。
それぞれ解説します。
国が提供する共通算定モジュールに万が一誤りがあった場合、その責任は誰が負うのか、という問題は避けて通れない重要な論点です。モジュールのバグによって全国の医療機関で一斉に誤請求が発生した場合、その損害は甚大になる場合もあります。
そのため、モジュールの品質をいかにして担保するのかというテスト・検証体制の構築と、インシデント発生時の責任分界点や補償のあり方を事前に明確化しておくことが強く求められます。この信頼性の確保こそが、本プロジェクトの成否を分けると言っても過言ではありません。
全国一律の共通モジュールだけでは、自治体ごとに存在する独自の公費負担医療制度など、複雑な「ローカルルール」に完全に対応しきれないという課題があります。日本の医療保険制度は、国が定める診療報酬だけでなく、都道府県や市区町村が独自に実施する助成制度などが複雑に絡み合っています。
これらの多様なルールを共通モジュールでどこまで吸収し、どこからをベンダー側のカスタマイズ領域とするのか、その切り分けと連携方法を精緻に設計するのが実用化に向けた大きなハードルです。
計算ロジックが共通算定モジュール内に隠蔽されると、医療機関やベンダーから「なぜその点数になったのか」という計算過程が見えにくいです。いわゆる「ブラックボックス化」のリスクが指摘されています。
しかし、医療事務の現場では、請求内容の妥当性を確認・説明できることが極めて重要です。もし計算根拠が不透明になると、疑義が生じた際の検証が困難になり、システムの信頼性が損なわれかねません。そのため、モジュールの計算結果だけでなく、その詳細な算定プロセスを必要に応じて追跡・確認できる仕組みの確保が重要な課題となります。
診療報酬改定DXの今後の動向を、年度別に紹介していきます。
ひとつずつ解説します。
出典参照:診療報酬改定DX対応方針|厚生労働省
2024年度は、診療報酬改定DXにおける最初の具体的な一歩が踏み出された記念すべき年です。この年の改定から、施行時期が従来の4月1日から6月1日へと正式に変更されました。
これは、長年課題とされてきた医療現場やベンダーの負担を軽減するための重要な変更点です。スケジュールの見直しは、今後のより大きな改革に向けた地ならしであり、プロジェクトが着実に前進していることを示す象徴的な出来事となります。
2025年度は、共通算定モジュールの一部が、実際の医療現場で試行的に使われ始める予定です。厚生労働省の計画では、まず導入効果が高いと考えられる外来領域などを対象としたα版・β版モジュールが提供され、協力医療機関での先行運用が開始されます。
この試行運用を通じて、実環境での課題を洗い出し、本格提供に向けた改善がおこなわれることになります。まさに、改革が机上の計画から現実のものへと移る、重要なフェーズです。
2026年度の次期診療報酬改定は、診療報酬改定DXにおける一つの大きな節目となります。この年から、共通算定モジュールの本格的な提供が開始される予定です。
試行運用でのフィードバックをもとに改良されたモジュールが、より多くの医療機関で利用可能になる見込みです。この本格提供の開始によって、多くの医療機関やベンダーが、初めて診療報酬改定DXのメリットを直接的に享受することになり、改革の成果が広く実感される重要な年となるでしょう。
2028年度以降も、診療報酬改定DXの取り組みは継続し、さらに進化していく長期的な展望が描かれています。具体的には、共通算定モジュールの対象範囲が、外来だけでなく入院領域などへも拡大されていくことが計画されています。
また、モジュールと連携する標準様式の種類も順次増やしていく方針です。段階的に機能と範囲を拡大していくことで、将来的には日本の医療情報システム全体の基盤として、なくてはならない存在になることを目指しています。
診療報酬改定DXは、単なる業務効率化やコスト削減に留まるものではありません。この改革の真の目的は、医療現場を疲弊させてきた構造的な課題を解決し、創出されたリソースを患者一人ひとりへの医療の質向上へとつなげることにあります。
医療従事者の方々の負担を軽くし、システム開発会社がより価値のある開発に集中できる環境を整えられます。そして国は、正確なデータを使って、より効果的な医療政策を実行できるようになります。
このような良い循環を生み出すことで、最終的には国民みんなが受ける医療サービス全体の質を向上させ、将来にわたって持続可能な社会保障制度の構築が可能です。診療報酬改定DXは、その未来を実現するための、極めて重要な国家レベルの戦略となります。