データドリブンで加速する小売DX|活用事例・導入ポイント・注意点を徹底解説
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新規顧客の獲得が難しくなっていませんか?小売業で売上を伸ばす鍵は「LTV(顧客生涯価値)」の向上です。この記事では、DXで顧客との関係を深め、LTVを高める具体策を解説。無印良品やカインズの成功事例から、自社で活用できるヒントを見つけましょう。
現代の小売業界は、市場の成熟や新規顧客獲得の難化といった構造的な課題に直面しています。
このような経営環境において企業の持続的な成長を担保するためには、既存顧客との関係を深化させ、長期的な収益貢献を最大化する「LTV(顧客生涯価値)」の向上が不可欠であると言えるでしょう。
そのLTV向上を実現するための最も有力なアプローチとして、今注目を集めているのが「小売DX(デジタルトランスフォーメーション)」です。
この記事では、小売DXを通じてLTVを向上させるための具体的な施策、先進企業の成功事例を紹介します。自社でDXを成功に導くための体系的な進め方についても解説するため、ぜひ参考にしてください。
LTVとは、1人の顧客が取引のあいだに企業にもたらす「利益の合計」を表す指標です。
このLTVがなぜこれほどまでに重要視されるようになったのか、その背景には以下のような小売業界を取り巻く環境の変化が存在しています。
新規顧客を獲得するには、既存顧客を維持するよりも多くのコストがかかると言われています。近年ではデジタル広告市場の競争が激化し、消費者が受け取る情報量も増えていることから、新規顧客一人あたりの獲得コストはさらに上昇傾向にあります。
こうした状況の中で、限られたマーケティング予算で事業を成長させるにはコスト効率を意識することが欠かせません。新規顧客の獲得だけに注力するのではなく、すでに関係を築いた顧客との良好な関係を維持し、継続的な購入を促すことがこれまで以上に重要になっています。
つまり、顧客一人を獲得するために投じたコストを、その後の取引で得られる利益(LTV)が上回るかどうかが事業の収益性を左右する大きな分岐点になるのです。
日本の国内市場は人口減少と少子高齢化という構造的な問題を抱え、多くの産業で市場規模の縮小が予測されています。小売業界もその例外ではなく、需要の頭打ちによって市場は成熟期を迎え、企業間の競争は熾烈を極めています。
さらにECサイトやフリマアプリといった新たな競合の台頭により、消費者の選択肢は無限に広がり、一つの企業や店舗に固執する必要性は薄れています。このような環境下では、単に商品を陳列し、価格の安さを訴求するだけの従来型の手法では顧客から選ばれ続けることは極めて困難です。
他社と差別化し厳しい価格競争から抜け出すには、商品そのものの価値に加え、顧客体験という付加価値を提供することが大切です。そのうえで、顧客との間に情緒的なつながり、つまり顧客ロイヤルティを築くことが欠かせません。
この顧客ロイヤルティの醸成こそが、LTV向上の基盤となるのです。
多くの企業において、売上の大部分は購入頻度や購入金額が高い「一部の優良顧客」によって支えられていると言われています。LTVが高い優良顧客は、企業の収益基盤を安定させる上で極めて重要な存在であり、彼らの離反は経営に深刻な打撃を与えかねません。
これからの小売業経営において、全ての顧客を画一的に扱うのではなく、顧客ごとのLTVを可視化してその価値に応じた適切なアプローチを行うことが求められます。
特にロイヤルティの高い優良顧客を特定し、彼らが満足し続けるための特別な体験を提供することでその関係性を維持・強化していくことが重要です。
同時に、中位層にいる顧客を適切な育成施策によって優良顧客へと引き上げていく、戦略的な視点も持続的なLTV向上には不可欠と言えるでしょう。
LTVの向上は顧客一人ひとりのニーズや行動を深く理解し、それに基づいた最適な顧客体験を提供し続けることで実現可能となります。
このセクションでは、そのための具体的な小売DX施策について、それぞれの役割と相互関係を解説します。
小売DXを推進し、データドリブンなLTV向上施策を実行するための心臓部となるのがCDP(Customer Data Platform)の構築です。
CDPは実店舗のPOSシステムから得られる購買履歴、ECサイトの閲覧・購入ログ、公式アプリの利用状況、コールセンターへの問い合わせ履歴といった、社内の様々なシステムに散在・分断されている顧客データを収集・統合するためのプラットフォームを指します。
従来、多くの企業では「店舗の顧客」と「ECサイトの顧客」が別々に管理されており、同一人物であってもその行動を横断的に把握することは困難でした。CDPを導入することでこれらのデータを名寄せし、一人の顧客の行動として統合的に可視化する「シングルカスタマービュー」が実現可能となります。
この統合されたデータを分析することで顧客の解像度が飛躍的に高まり、より精度の高い施策立案の土台が形成されるのです。
CDPで整備された顧客データを活用し、具体的なアクションに繋げるのがCRMやMAツールです。これらのツールはデータに基づいた顧客とのコミュニケーションを自動化し、関係性を深める上で重要と言えるでしょう。
CRMは顧客情報や対応履歴を一元管理し、顧客満足度の向上を目的とします。一方、MAはマーケティング施策の自動化に特化し、「特定商品を閲覧した顧客へ関連商品をメールで推奨する」といったシナリオを実行します。
CDPをデータ源としてこれらを連携させれば、「店舗での購入者がECサイトを利用した際にクーポンを配信する」といった高度なパーソナライズ施策が可能となり、顧客体験の向上が期待できます。
OMO(Online Merges with Offline)はオンラインとオフラインの境界をなくし、顧客に一貫した購買体験を提供する戦略です。
これは顧客体験の最適化を主眼に置いた考え方と言えます。具体的な施策には、ECサイトで注文し店舗で受け取る「クリック&コレクト」や、店舗スタッフが顧客のオンラインでの行動履歴を参考に接客を行う「デジタル接客」などがあります。
顧客が都合に合わせてオンラインとオフラインを自由に行き来できる環境は、利便性を高めて販売機会の損失を防ぐだけでなく、顧客満足度を大きく向上させることが期待できます。
実際に店舗とECを併用する顧客のLTVは、片方のみの顧客より高くなる傾向も見られており、OMOはLTV向上に繋がる重要な戦略と言えるでしょう。
公式アプリは、顧客と直接的・継続的な関係を築くための強力なチャネルです。
単なる情報発信にとどまらず、顧客データを収集しパーソナライズされた体験を提供することで、ロイヤルティを育むプラットフォームとして機能します。プッシュ通知でセール情報やクーポンを直接届けたり、デジタル会員証機能で利便性を高めつつ購買データを捕捉したりすることが可能です。
さらにCDPと連携すれば、顧客の購買履歴に基づいたコンテンツ配信もでき、ブランドへの愛着を深めることも期待できるでしょう。こうした価値ある体験の提供を続けることが、来店頻度や購買単価を高め、LTVの最大化に貢献するのです。
国内においても多くの先進的な小売企業がDXを推進し、LTV向上という成果に繋げています。このセクションでは、その中でも特に参考となる3社の取り組みを詳しく見ていきます。
株式会社良品計画が展開する無印良品は、2013年5月に公式アプリ「MUJI passport」をリリース。このアプリは単なるデジタル会員証ではなく、顧客の「役に立つ」プラットフォームとして設計されています。
以前は店舗とECサイトの顧客データが分断されていましたが、アプリの導入によりこれらの情報が一元管理されるようになりました。店舗での購入やチェックインで「MUJIマイル」が貯まるサービスに加え、商品の在庫検索、支払い機能「MUJI Pay」、配送サービスなど、顧客の利便性を高める多様な機能を提供。
これにより、顧客とのあらゆる接点でのエンゲージメントを深めています。2024年2月には累計3000万ダウンロードを突破しており、便利な機能を通じて顧客体験を向上させることがLTVの伸長に繋がっていると考えられる事例です。
出典参照:無印良品 スマートフォンアプリ「MUJI passport」を「MUJI アプリ」へ全面リニューアル|株式会社良品計画
ホームセンター大手のカインズが提供するアプリの中核機能である「Find in CAINZ」は、広大な店舗の中からほしい商品の在庫状況や売り場をリアルタイムで確認でき、商品探しの「めんどくさい」を解消します。
またオンラインで注文した商品を店舗の専用ロッカーで受け取れる「CAINZ PickUp」は、レジ待ち時間をなくし、シームレスな購買体験を提供します。
これらの機能は顧客の利便性を高め、来店動機を創出していると言えるでしょう。カインズはこうしたデジタル技術を通じて顧客満足度を高め、LTVの高い顧客育成に繋げていると考えられます。
出典参照:「Find in CAINZ」の機能を搭載! ほしい商品の売り場と在庫数がすぐわかる ! 「CAINZアプリ」リニューアル|株式会社カインズ
スーパーマーケット大手のライフコーポレーションは、公式アプリを通じてデジタル施策を推進しています。
2019年3月にリリースされた「ライフアプリ」では、ポイントカード機能(LaCuCa)と連携しチラシ閲覧やクーポン配信、レシピ検索、店舗検索、スタンプラリーなど、日々の買い物を便利にする機能を提供。紙のチラシやカードだけでなく、アプリ上でまとめて情報確認やサービス利用ができる点が特徴です。
こうした取り組みにより、顧客接点を増やし、より便利でお得に買い物を楽しんでもらうことを目指しています。
出典参照:10Xとライフ「ライフネットスーパーアプリ」を提供開始|株式会社ライフコーポレーション
小売DXによるLTV向上を具現化するためには、戦略を支える適切なテクノロジー、すなわちDXツールの選定と活用が不可欠です。
このセクションではデータドリブンなLTV向上施策の基盤となる3つの代表的なツールについて、役割と機能を解説します。
CDP(Customer Data Platform)は、小売DXにおけるデータ活用の土台を築くための最も重要なツールの一つです。
その中核的な機能は、オンライン・オフラインを問わず社内に存在するあらゆる顧客接点から生成されるデータを収集し、それらを顧客一人ひとりに紐づけて統合することにあります。
具体的にはPOSシステムの購買データ、ECサイトの行動ログ、アプリの利用履歴といった多種多様なデータを統合管理します。これにより、従来はサイロ化していた各チャネルのデータが繋がり、顧客の行動や嗜好を360度の視野で立体的に理解することが可能になります。
この統合された顧客プロファイルは、他のツールへのデータ連携のハブとしても機能し、あらゆるマーケティング施策の精度を向上させるための基盤情報となるのです。
CRM(顧客関係管理)は、顧客との良好な関係を長期的に維持・管理するためのツールです。
CDPがデータの「統合」を主目的とするのに対し、CRMはデータを活用して顧客との「対話」を管理・実行する役割を担います。CRMには顧客の基本情報や購買履歴、問い合わせ履歴といったあらゆる接点の記録が集約されます。
これにより、例えばコールセンターでは、顧客の過去の状況を即座に把握して質の高い対応を提供できます。店舗スタッフなどもこの情報を参照することで一貫したコミュニケーションが可能となり、顧客満足度と信頼感を高めることが期待できます。
これは顧客の離反を防ぎ、LTVを向上させる上で重要な機能と言えるでしょう。
MA(マーケティングオートメーション)は、マーケティング活動を自動化・効率化するツールです。
顧客の行動や属性に応じて設定したシナリオに基づき、コミュニケーションを自動実行する機能に強みがあります。例えば「カートに商品を残した顧客に、翌日リマインドメールを自動送信する」などのシナリオが可能です。
また、顧客の行動を点数化(スコアリング)し、購買意欲の高い顧客を自動で抽出することもできます。MAの活用により担当者は手作業から解放され、より戦略的な業務に集中できます。
顧客ごとに最適なタイミングでアプローチできるため、コンバージョン率の向上とLTVの伸長に貢献すると考えられます。
小売DXによるLTV向上という目標は、単にツールを導入するだけで達成できるものではありません。明確なビジョンと戦略に基づき、組織全体で体系的かつ段階的に取り組むことが成功の鍵となります。
このセクションでは、小売DXでLTV向上を成功させる実践的なロードマップを4つのステップに分けて解説します。
全ての変革プロジェクトと同様に、小売DXもまた「何のために行うのか」という目的を明確に定義することから始まります。自社の経営課題に鑑み、DXを通じて達成したいゴールを具体的に設定することが不可欠です。
この際、経済産業省が公開している「DX推進指標」などを活用し自社のDXの現状や成熟度を客観的に自己診断することも、具体的な目標設定において有効なアプローチです。
その上で、目的の達成度を客観的に評価するための指標、すなわちKPI(重要業績評価指標)を設定します。LTV向上を目的とする場合、LTVそのものに加えリピート率、平均購入単価、購入頻度などが主要なKPI候補となります。
これらの目的とKPIを組織全体で共有し、共通認識を持つことがプロジェクトの推進力を生み出す第一歩です。
出典参照:DX推進指標|経済産業省
明確な目的とKPIが定まったら、次に取り組むべきはデータを収集・統合するための技術的基盤の整備です。このステップにおいて中心的な役割を果たすのがCDP(顧客データ基盤)の構築です。
まずは社内のどこに、どのような顧客データが存在するのかを徹底的に洗い出す「データマッピング」から着手します。店舗のPOSシステム、ECサイトのデータベース、基幹システムなど、あらゆるデータソースをリストアップし、それらを統合するための設計を行います。
このデータ基盤の品質が、後続のあらゆる施策の成否を左右すると言っても過言ではありません。
データ基盤の整備と並行して、あるいは整備がある程度進んだ段階で具体的な施策の実行に移ります。
しかしここで重要なのは、いきなり全社規模で大規模な施策を展開するのではなく、限定的な範囲で「スモールスタート」を切ることです。リスクを最小限に抑えながら仮説の有効性を検証し、学びを得ることが目的です。
例えば「特定の店舗の顧客」や「特定の条件に合致する顧客セグメント」のみを対象として、新しいパーソナライズ施策を試験的に実施します。そして、施策を実行したグループと実行しなかったグループのKPIを比較するなどして効果を定量的に測定します。
このPDCAサイクルを高速で回し、小さな成功体験と改善の知見を積み重ねていくことが最終的な成功への着実な道のりとなります。
スモールスタートで有効性が確認された施策を組織全体の標準施策として展開します
同時にDXを組織文化として根付かせ、継続的に推進するための体制構築も重要です。DXは特定部門だけでなく、店舗運営や商品開発などあらゆる部門を巻き込んだ変革活動と言えます。
そのため、部門横断のチーム設置や全社的なデータリテラシー向上のための研修、専門人材の育成・採用などが求められるでしょう。経営トップが強いリーダーシップを発揮し、変革への姿勢を明確に示すことも重要です。組織全体の意識改革を促し、成功に導く上で不可欠な要素といえるでしょう。
小売DXによるLTV向上は、企業の持続的成長に不可欠な戦略です。その出発点は、自社の「顧客データ」を深く見つめ直すことにあります。
現在どのようなデータがあり、それを基に顧客へどのような体験を提供できているのか、まずはその現状を正確に把握することが全ての始まりと言えるでしょう。
この記事で解説したステップや事例を参考に、まずは小さな施策からでも実行に移すことが大きな変化への第一歩となります。顧客一人ひとりと向き合い、データとデジタルの力で最高の体験を創造し続ける姿勢こそが顧客から選ばれ続けるための唯一の道と言えるでしょう。