データドリブンで加速する小売DX|活用事例・導入ポイント・注意点を徹底解説
小売

小売DXの新たな一手として注目されるリテールメディア。その仕組みや市場が拡大する背景、導入によるメリットを解説します。国内外の成功事例や、自社で始めるための具体的なステップ、注意点まで網羅的に紹介。データ活用と収益向上を目指す担当者は必見です。
「店舗やECのデータを、もっと有効に活用できないか?」
「DXを進めたいけれど、何から始めればいいのかわからない」
そんな悩みを抱える小売企業にとって、今注目されているのが「リテールメディア」です。
店舗やECサイト、公式アプリなど、自社が保有する顧客接点を広告媒体として活用することで新たな収益源を生み出すだけでなく、顧客体験の向上やデータ活用の高度化にもつながる戦略的な取り組みとして注目を集めています。
この記事では、リテールメディアの仕組みやメリット、導入のステップ、成功事例、運用上の注意点までをわかりやすく解説します。自社の課題や目標に合わせて、どのように取り入れるべきかを考えるヒントとして、ぜひご覧ください。
リテールメディアとはスーパーマーケットやドラッグストア、ECサイトなどを運営する小売企業が、自社で保有するオンライン・オフラインの多様な顧客接点を「広告媒体」として活用する仕組みを指します。
具体的には自社のECサイトや公式アプリのトップページ、店舗内に設置したデジタルサイネージなどが広告の掲載場所となります。メーカーなどの広告主はこれらの媒体に広告を出稿することで、購買意欲の高い消費者に直接アプローチすることが可能になります。
この仕組みの最大の強みは、小売企業が顧客の同意のもとで独自に収集・管理している購買データや行動データ、いわゆる「1st Partyデータ」を広告配信に活用できる点にあります。
これにより従来の広告手法よりもはるかに精度の高いターゲティングが実現し、広告主と小売企業の双方にとって価値の高いマーケティング活動が展開できるのです。
なぜ今、多くの小売企業がリテールメディアに注目し導入を進めているのでしょうか。
その背景には、デジタル広告市場の大きな環境変化と小売業界が直面する経営課題という、2つの要因が存在します。
一つ目の背景は、世界的なプライバシー保護意識の高まりを背景とした、WebブラウザにおけるCookieの利用規制強化です。これまで多くのデジタル広告でターゲティングの基盤となってきた3rd Party Cookie(サードパーティクッキー)が段階的に廃止され、Webサイトを横断したユーザー追跡が困難になりました。
この変化により、従来の広告手法はターゲティング精度の低下という大きな課題に直面しています。このような状況下で、小売企業が自社の顧客から直接かつ同意を得て収集した購買履歴や会員情報といった、「1st Partyデータ」の価値が飛躍的に高まっています。
顧客との信頼関係に基づいて得られた質の高いデータを活用できるリテールメディアは、ポストCookie時代における極めて有効なマーケティング手法として大きな期待が寄せられているのです。
二つ目の背景として、小売業界を取り巻く厳しい経営環境が挙げられます。国内では人口減少による市場縮小が進む一方、業態を超えた競争は激化しており、多くの小売企業は「モノを売る」という従来のビジネスモデルだけでは十分な収益を確保することが難しくなっています。
このような課題を解決する一手として、リテールメディアが注目されています。リテールメディアは、広告事業という新たな収益の柱を確立する可能性を秘めています。
これまで販促活動の場であった店舗やECサイトを「広告媒体」として捉え直し、自社の資産である顧客データと顧客接点を活用して広告収益を得るこのビジネスモデルは、利益率の改善に直接的に貢献します。物販の利益率が低い傾向にある小売業にとって、これは非常に大きな魅力と言えるでしょう。
リテールメディアは、関わるプレイヤーそれぞれに恩恵をもたらす仕組みです。このセクションでは「小売企業」「メーカー(広告主)」「消費者」という三者の視点から、導入によって得られる主なメリットを解説します。
小売企業にとって最大のメリットは、広告事業による新たな収益源を確立できる点です。これまで活用しきれていなかった顧客データや店舗・ECサイトといった、自社のアセットをマネタイズすることで商品販売による利益に加えて、安定した広告収益を得ることが可能になります。これは利益率の確保に課題を抱える小売業にとって、経営基盤を強化する上で非常に重要です。
さらに、リテールメディアの導入は副次的な効果ももたらします。広告配信のために社内に散在していた顧客データを統合・分析する必要があるため、結果としてデータ活用の基盤が整備されます。
これにより広告事業だけでなく、品揃えの最適化や顧客サービスの向上など、企業全体のデータドリブンな意思決定が促進され小売DXの推進にも繋がるのです。
メーカー(広告主)にとってのメリットは、極めて高い費用対効果で広告を配信できる点にあります。リテールメディアでは、小売企業が保有する信頼性の高い購買データ(1st Partyデータ)に基づいて広告を配信できます。これにより「特定の商品を過去に購入した人」「特定カテゴリに関心が高い人」といった、自社の商品に関心を持つ可能性が非常に高い顧客層へ的確にアプローチできます。
その結果、無駄な広告費を大幅に削減し、広告投資収益率(ROAS)の向上が期待できます。
また消費者がまさに買い物をしている最中である店舗やECサイト上で広告を届けられるため、購買行動の最終的な後押しがしやすいという大きな利点もあります。広告接触から購買までの距離が非常に近いリテールメディアは、売上に直結する効果的なマーケティング手法なのです。
リテールメディアは、消費者にとっても多くのメリットをもたらします。これまでの不特定多数に向けた広告とは異なり、自身の興味関心や過去の購買履歴に基づいたパーソナライズされた広告やクーポンが届くようになります。
これにより自分とは無関係な情報に煩わされることなく、より快適でスムーズな購買体験が期待できます。
また自分に最適化された情報提供は、新たな商品との出会いの機会を創出します。これまで知らなかった自分好みの商品やお得なキャンペーン情報を発見しやすくなることで、買い物の楽しみそのものが増え、満足度の向上に繋がります。リテールメディアは、消費者にとって「広告」を「有益な情報」へと変える可能性を秘めているのです。
リテールメディアは、顧客との接点に応じてオンラインとオフラインの媒体に大別されます。それぞれの特徴を理解し、自社の資産や目的に合わせて活用することが重要です。
このセクションでは、代表的なリテールメディアの種類を3つ紹介します。
オンラインにおけるリテールメディアの代表格が、自社のECサイトや公式アプリです。具体的にはECサイトの商品検索結果ページやカテゴリページ、トップページのバナー、公式アプリ起動時の画面などが広告枠として活用されます。
これらの媒体の最大の強みは、顧客の検索履歴や閲覧履歴、購買履歴といった詳細な行動データに基づいて、リアルタイムに広告をパーソナライズできる点です。
顧客一人ひとりの興味関心に合わせた広告を配信できるため、非常に高いクリック率やコンバージョン率が期待できます。またオンラインであるため、広告の表示回数やクリック数、そこからの売上などを正確に計測し、効果検証を容易に行える点も大きなメリットです。
オフラインにおけるリテールメディアとして、近年急速に導入が進んでいるのが店頭のデジタルサイネージです。店舗の入り口や主要な通路、生鮮食品売り場、レジ横といった、来店客の目に留まりやすい場所に設置されたデジタルディスプレイに動画や静止画の広告を表示します。
デジタルサイネージは紙のポスターと比べて視認性が高く、時間帯や客層に応じて表示内容を柔軟に変更できるのが特徴です。
最近ではサイネージに搭載されたAIカメラが来店客の年代や性別といった属性を推定し、その顧客に最適な広告を出し分けるといったより高度な活用も始まっています。特定の商品やキャンペーンを効果的にアピールし、その場での購買を強力に後押しします。
従来からある棚札(シェルフ)広告やPOP、床面広告といったインストアプロモーションもデジタルと連携することで、リテールメディアの一部として進化を遂げています。例えばアプリで配信した特定の商品のクーポンと連動したPOPを店頭の商品棚に設置したり、電子棚札にリアルタイムでセール情報を表示したりする手法が挙げられます。
このような取り組みはオンライン(アプリ)とオフライン(店舗)の顧客体験をシームレスに繋ぎ、一貫性のあるメッセージを届けることを可能にします。
顧客はアプリで得た情報を元に店舗で商品を探し、POPで最終的な購入を決定するといったスムーズな購買行動が期待できます。これは、小売DXで重要視されるOMO(Online Merges with Offline)戦略を具現化する有効な手段です。
リテールメディアは、すでに国内外の多くの企業で導入され、大きな成果を上げています。このセクションでは、その中でも特に注目すべき国内と海外の成功事例を一つずつ紹介し、その成功のポイントを解説します。
ベビー・マタニティ用品専門店「アカチャンホンポ」はLMIグループと連携し、店舗内サイネージを活用したリテールメディアサービス「Retail TV」を導入しました。
店内モニターで広告コンテンツを配信することで、買い物中の顧客に効果的に情報を届け販売促進に活かしています。独自のメディアとしてメーカー向けの広告枠販売も行い、店頭体験と収益機会の両立を図っています。
出典参照:小売店舗に設置されたデジタルサイネージを活用し月間約500万人にリーチできる新メディア「Retail TV」始動|株式会社赤ちゃん本舗
楽天グループのフランス法人はオンラインマーケットプレイス事業の強化に向けて、Mirakl社のリテールメディアサービス「Mirakl Ads」を導入しました。
このサービスにより、楽天フランスの出店店舗やブランドは、マーケットプレイス内で自社商品を効果的にプロモーションできるようになりました。
楽天フランスは広告主と出店者双方の販売促進を支援するとともに、新たな収益源としてリテールメディア事業を強化しています。
出典参照:楽天フランス、Mirakl Adsを活用しリテールメディア戦略を強化|Rakuten France S.A.S.
リテールメディアを成功させるためには場当たり的な導入ではなく、戦略に基づいた計画的なアプローチが不可欠です。このセクションでは、自社でリテールメディアを導入する際の基本的な4つのステップを紹介します。
リテールメディア導入の最初のステップは、「何のために導入するのか?」という目的を明確にすることです。目的が曖昧なままでは施策の方向性が定まらず、効果的な運用は期待できません。
例えば「新たな収益源の確立」「メーカーとの連携強化による販促効果の向上」「顧客データの活用促進」など、自社の課題に即した目的を設定します。
目的が定まったら、その達成度を測るための具体的なKPI(重要業績評価指標)を設定します。目的が「収益源の確立」であればKPIは「広告売上高」や「利益率」に、目的が「販促効果の向上」であれば「広告のクリック率(CTR)」や「広告経由の売上向上率」などが考えられます。この目的とKPIを関係者間で共有することが、プロジェクト推進の基盤となります。
次に、リテールメディアの核となるデータ基盤と広告主に提供する広告メニューを整備します。
データ基盤の整備とは顧客の購買データ、Webサイトやアプリの行動ログ、会員情報といった、社内に散在する1st Partyデータを収集・統合・分析できる環境を構築することです。この基盤がなければ、精度の高いターゲティングは実現できません。
並行して、広告主に提供する広告メニューを開発します。自社のECサイトのトップページバナーや、アプリのプッシュ通知、店頭サイネージでの動画放映枠など、自社が持つアセットを棚卸しし、広告主にとって魅力的かつ顧客体験を損なわない広告メニューを設計することが重要です。メニューごとの料金体系もこの段階で検討します。
リテールメディアはマーケティング部門だけで完結するものではなく、IT、営業、店舗運営、法務など、社内の複数の部署が連携して進める全社的なプロジェクトです。そのため、円滑なプロジェクト推進を可能にするための体制構築が不可欠となります。
具体的には、各関連部署からメンバーを選出した部署横断的なプロジェクトチームや専門部署を立ち上げ、責任の所在と役割分担を明確にすることが有効です。
またリテールメディアの構築や運用には高度な専門知識が求められるため、自社のリソースだけで対応するのが難しい場合も少なくありません。その場合はリテールメディアの導入・運用を支援する専門企業や広告代理店など、知見の豊富な外部パートナーと連携することも重要な選択肢となります。
準備が整っても、最初から全店舗・全サイトで大規模に展開するのはリスクが伴います。成功の鍵を握るのは、まずは小規模に始めて効果を検証し改善を繰り返しながら段階的に拡大していく「スモールスタート」のアプローチです。
例えば特定の店舗や商品カテゴリ、あるいは特定の広告メニューに絞って試験的に導入し、その効果を測定します。
そしてステップ1で設定したKPIに基づいて効果を詳細に分析し、「どの広告メニューが効果的か」「どのようなターゲティングが響くのか」といった知見を蓄積します。その分析結果を元に、広告メニューやターゲティング手法、運用プロセスなどを継続的に改善していくPDCAサイクルを回すことがリテールメディア事業を成功に導く上で極めて重要です。
リテールメディアは多くのメリットをもたらす一方で、導入にあたっては事前に対策を講じておくべき注意点も存在します。これらのリスクを軽視すると、かえってブランドイメージを損なったり、顧客離れを招いたりする可能性があるため慎重な検討が必要です。
最も重要な注意点は、顧客データのプライバシーとセキュリティの確保です。リテールメディアは顧客データを活用するからこそ価値を発揮しますが、その取り扱いは個人情報保護法をはじめとする関連法規を厳格に遵守しなければなりません。万が一の情報漏洩は、企業の信頼を根底から揺るがす事態に繋がりかねません。
また広告の表示が過剰になったり、顧客の興味と関連性の低い広告ばかりが表示されたりすると、顧客の購買体験を著しく損なうリスクがあります。あくまで顧客にとって有益な情報提供であるという視点を忘れず、広告の量や質を適切にコントロールすることが不可欠です。
データ基盤の構築やサイネージの設置などには初期投資や運用コストも発生するため、費用対効果を慎重に見極める必要もあります。
本記事ではリテールメディアの基本から導入のステップ、成功事例までを解説してきました。リテールメディアは、単に新たな広告収益を生み出すだけの仕組みではありません。小売企業が保有する最大の資産である「顧客データ」と「顧客接点」の価値を再定義し、ビジネスモデルそのものを変革する可能性を秘めた「小売DXの核」となる戦略です。
Cookie規制という逆風を追い風に変え、1st Partyデータを活用してメーカーや消費者との関係性をより強固なものへと再構築するこの取り組みは、これからの小売業にとって欠かせないものとなるでしょう。
もちろん導入にはデータ基盤の整備や体制構築など、乗り越えるべきハードルも存在します。しかし本記事で紹介したステップを参考にスモールスタートで始め、改善を繰り返していくことで、着実に成果に繋げることができます。
ぜひリテールメディア導入の検討を進め、貴社のビジネスを新たな成長ステージへと引き上げてください。