証券DXとペーパーレス化で実現する業務効率と顧客満足の両立

近年、金融業界においてデジタル化の重要性が急速に高まっています。特に証券会社では煩雑な書類業務や非効率な承認フローなど、従来のアナログな業務プロセスが課題となってきました。

これらを解決する手段として、証券DX（デジタルトランスフォーメーション）の推進とペーパーレス化への移行が注目を集めています。ペーパーレス化は単なる紙の削減にとどまらず、業務全体の見直しや顧客満足度の向上、内部統制の強化など企業経営に多面的な効果をもたらすのです。

本記事では証券DXにおけるペーパーレス化の背景から具体的な導入事例まで、丁寧にご紹介します。本記事を読むことで今後どのように自社業務を見直し、持続的な顧客価値を創出できるかが明確になることでしょう。

証券DXでペーパーレス化が求められている背景

証券業界におけるペーパーレス化の流れは、単に業務効率化の一環として始まったわけではありません。金融庁が提示する「証券デジタル・トランスフォーメーション戦略」では、情報の非対称性の解消や透明性の確保、迅速な情報伝達の実現が強調されています。特にコロナ禍以降、非接触型のコミュニケーションや業務運営が不可避となり、物理的書類の存在はむしろ制約となっているのです。

さらにペーパーレス化は、ESG（環境・社会・ガバナンス）投資の観点からも企業に求められる動きとなっています。この取り組みによって紙資源の使用を減らすことで環境負荷を軽減できるため、サステナブル経営に貢献できるでしょう。このように、法的・社会的・環境的な要請が重なり、証券業界は紙に依存した業務からの脱却を急ぐ必要があるのです。

このような背景から、証券DXによって業務の見直しとともに顧客との接点でもペーパーレス化が進められているのです。

参考：金融庁：金融商品取引契約に係る顧客交付書面のデジタル化について

参考：金融庁：証券業界における顧客交付書面のデジタル原則化 に係る顧客周知について

証券DX推進によるペーパーレス化の具体例

では証券業界において、ペーパーレス化を実現することでどういった業務がどのように変化するのでしょうか。

ここでは5つの場面に絞ってペーパーレス化の効果を探っていきます。

ペーパーレスで業務全体を再設計する

業務改革においてペーパーレス化を進める場合は、単に紙をPDFに置き換えるのではなく、業務プロセス全体を再設計することが効果的です。

例えば従来の証券口座開設の流れといえば、郵送されてきた紙の申込書に本人確認書類を同封して返送するという形でした。これをDXによりデジタル完結に再構築すると申込者はスマートフォンで手続きが可能になり、本人確認もeKYC（電子的本人確認）で完結します。

このように、プロセス全体を見直すことで手続きのリードタイムが短縮されるだけでなく、人的リソースの削減やエラー発生の防止にもつながります。

業務そのものの構造を変えることで、ペーパーレスの効果が最大化されるのです。

帳票の電子化で事務作業を削減する

帳票類の電子化は、日々の事務作業を効率化するカギとなります。

証券会社では取引報告書や運用報告書、残高通知書など、多岐にわたる帳票が発行されています。これらについて紙での発行を継続していると印刷・封入・発送などの工程が発生してしまい、コストと時間がかかってしまう要因となるのです。

そこで、帳票をPDF化して顧客専用のマイページから閲覧できる仕組みに変更すれば、事務負担は軽減されます。加えて郵送ミスや紛失リスクも回避できるため、顧客からの信頼性も向上することでしょう。

特に投資初心者にとっては紙の報告書より、デジタル上での検索性や利便性の高さが魅力です。帳票電子化は、顧客の利便性と企業側のコスト削減を同時に実現する施策といえます。

承認フローを電子管理で統一する

証券業界では、内部承認のフローも煩雑になりやすい領域です。稟議書や確認文書などが紙ベースで運用されている場合、承認遅延や所在不明といった問題が発生します。このような課題に対応するためにワークフロー管理システムを導入し、承認プロセスをすべて電子上で統一する企業が増えているのです。

例えば、上長や法務部門の確認が必要な文書をデジタル上で申請・承認できるようにすれば可視性が高まり、意思決定のスピードも向上します。さらに電子承認履歴は監査対応にも有効であり、コンプライアンス体制の強化にもつながるのです。

ペーパーレス化による電子承認は、業務効率とガバナンスの両立を図るための手段として、証券DXの中心的な取り組みとなっています。

書類レス対応で顧客満足を高める

顧客対応においても、ペーパーレス化は満足度向上に直結します。

例えば、取引に必要な契約書や重要事項説明書をデジタルで閲覧・署名できるようにすることで、来店や郵送といった負担を顧客に強いるケースが減少する効果が期待されるのです。それにより顧客は自宅や外出先でも手続きを進められるため、時間的な自由度が高まります。また、記載内容が変更された場合もシステム上で最新版にすぐにアクセスできるため、情報の鮮度も保たれることでしょう。

このような書類レス対応は、特に若年層やリモートワークが定着している層に対して有効です。デジタルで完結するサービス提供は、顧客との継続的な関係構築において差別化要素となります。

電子記録の活用で統制を強化する

証券業務では多数の取引記録や顧客情報を適切に管理し、監督当局からの指摘に応えられる体制が求められます。そこで注目されるのが、電子記録を活用した統制強化の取り組みです。

例えば取引ログや閲覧履歴、電子署名のタイムスタンプなどをシステムで自動的に記録することで、証拠性の高い履歴を残せます。これにより、万が一のトラブル発生時にも迅速な原因究明が可能になるのです。

こうしたデータは分析にも活用でき、業務改善のヒントとしても機能します。定量的な判断材料としてリスク管理やサービス改善につながる点もメリットです。

電子記録は単なる保存手段ではなく、戦略的な資産として活用されつつあります。

ペーパーレス化が顧客体験を改善する具体的な場面

証券業界におけるデジタル変革は、業務効率の向上に留まらず、顧客体験の質を高める手段としても注目されています。特にペーパーレス化は、顧客がサービスを受ける過程における摩擦を減らし、利便性と満足度を高めるカギとなりうるのです。

ここでは、実際の運用現場で顧客にどのような好影響が生じているか、4つの視点から掘り下げていきます。

①申込から契約完了までの時間を短縮

従来の手続きでは、契約書類の郵送や手書きでの記入、捺印、返送といった手順が必要でした。こういった流れを要する場合、申込から契約締結までに数日から1週間以上かかるケースも珍しくありません。しかし、ペーパーレス化によってこれらの手順はすべてオンラインで完結可能となり、顧客がスマートフォンやパソコンから申込を行うだけで即時に契約が成立する仕組みが整いつつあります。

例えば本人確認をeKYC（オンライン本人確認）で済ませられるようになったことで、来店や書類提出の必要がなくなりました。手続きの迅速化は顧客の時間的コストを削減するだけでなく、サービス利用の初期段階での離脱を防ぐ効果も期待できます。

②自宅での手続きによりストレスを軽減

物理的な書類記入や来店を求められる手続きは、忙しい生活を送る顧客にとって負担となる場合があります。特に共働き世帯や子育て中の家庭では、平日に金融機関を訪れる時間を確保することが難しいため、柔軟に対応できるオンライン手続きのニーズが高まっているのです。

例えば、スマートフォン1つで申込から契約確認まで対応できるプラットフォームを導入している企業では、顧客が自分の都合に合わせて操作できるため、心理的負担が軽くなります。場所や時間を問わずに完了できる、という自由度の高さがストレス軽減に寄与しているのです。

③顧客の行動履歴を活かした最適な提案

デジタル化によって顧客の手続きや問い合わせの履歴を蓄積・分析できるようになり、それを基にしたパーソナライズされた提案が可能となっています。ペーパーレスでやり取りされたデータは即時にシステムに反映され、担当者がリアルタイムで情報を把握しニーズに合ったサービスを提示可能です。

例えば、特定の投資信託に関心を示している顧客に対し、リスクプロファイルや資産構成を考慮した商品を提案するなどの従来よりも的確なアプローチが実現されており、提案の精度が上がっています。こうした個別対応は、顧客との関係性を深める要素にもなるのです。

④利便性の高い体験による継続率の向上

サービスの使いやすさは、継続利用の重要な判断材料になります。ペーパーレスな手続きに慣れた顧客は同じ利便性を他の場面でも期待する傾向にあり、それに応える仕組みを持つ企業ほど継続率の向上が見込まれるのです。

例えば、定期的な報告書やお知らせを電子配信に切り替えることで紙の管理負担がなくなり、必要な情報をすぐに確認できる環境が整います。こうした利便性の高い体験が積み重なることで顧客のロイヤルティが醸成され、長期的な関係構築につながるのです。

DX推進によってペーパーレス化を実現した企業事例

デジタル技術の活用により業務のペーパーレス化に成功した企業は、単なるコスト削減だけでなく、サービスの質やスピードの向上を実現しています。

ここでは実際に証券DXを推進し成果を挙げている、企業3社の取り組みを紹介します。

事例①野村證券株式会社｜対面・郵送を削減し、迅速かつ正確な契約対応を実現する

野村證券では、従来の対面重視型の手続きよりオンライン契約の比率を高める取り組みが進められました。特に注目されるのは、帳票の電子化とワークフローの整備により営業担当者がその場で契約手続きを完了できる体制が整った点です。

例えば、顧客との面談中にタブレットを用いて契約内容を確認し電子署名で締結するフローが導入されたことで、郵送による書類のやり取りが不要になりました。このような迅速かつ正確な対応は、顧客の満足度向上と業務負担の軽減を同時に実現しています。

参考：野村證券株式会社

事例②楽天証券株式会社｜ユーザーの操作負担を減らし、利便性と継続率を高める

楽天証券はオンライン完結型のサービスを積極的に展開し、ペーパーレス化を加速させている代表的な企業です。特に口座開設や投資信託の申し込みにおけるUX（ユーザー体験）の向上に注力し、誰でも簡単に使える操作画面を設計しています。

例えば、申請画面のステップを最小限に抑える工夫やリアルタイムのサポートチャットを配置することで、デジタルに不慣れな層でも迷うことなく手続きを進められる環境を整えました。

これにより途中離脱が減少し、継続的な利用につながっています。

参考：楽天証券株式会社

事例③大和証券株式会社｜部署間の処理を標準化し、申請スピードと業務効率を向上させる

大和証券では各部署でバラバラに行われていた申請処理を統合し、電子申請による一元管理を導入しました。これにより部門間での書類のやり取りや確認作業が効率化され、業務スピードが向上しています。

実際に、経費精算や顧客情報の変更申請といった社内業務も含めてデジタル化を進めた結果、ミスの削減と処理時間の短縮を実現しました。

業務の標準化は社内リソースの有効活用にもつながり、全社的な生産性の底上げを支えています。

参考：大和証券株式会社

ペーパーレス化を進める際に押さえておきたい注意点と対策

証券業界でペーパーレス化を導入するには、ただ単に紙を無くすのではなく、プロセス全体の整合性と安全性を保つための配慮が欠かせません。スムーズな導入と運用を実現するため、いくつかの重要なポイントを事前に把握しておく必要があります。

電子化する範囲を事前に明確化しておく

ペーパーレス化を実施する際には、どの業務領域を対象とするかを明確にすることが最初のステップです。範囲が曖昧なまま進めると想定外の業務にまで影響が及び、かえって非効率になるおそれがあります。

例えば、契約書や申込書といった対外的な書類は早期に電子化する意義が大きい一方で、社内の稟議や報告書類は業務フローの見直しも必要になります。電子化の対象を段階的に設定し、それぞれに最適なデジタルツールを選定することが、トラブル回避と円滑な運用のカギとなるのです。

社内ルールとガバナンス体制を整備する

業務の電子化に伴い紙の管理からシステム上の処理へと軸足が移るため、組織全体でのルール整備が欠かせません。どの情報をどの部署が扱い、どのタイミングで承認するかなどの明確なガイドラインがなければ混乱やミスが頻発する可能性があります。

電子署名の運用ルールやアクセス権限の取り扱い、文書保存期間の設定など細部にわたる取り決めが必要です。加えて、ガバナンス体制としては情報管理部門の責任範囲を明確にし、定期的な監査やレビューを実施する仕組みを整えることが重要です。

セキュリティ対策を最優先で設計する

ペーパーレス化によって情報の可搬性が高まる一方、サイバー攻撃や内部不正のリスクも増加します。したがって、デジタル化を進める際にはセキュリティ設計を最優先に考える必要があるのです。

例えば、通信の暗号化や二要素認証の導入、ログの取得と監査機能の強化などが挙げられます。

また、従業員へのセキュリティ教育も欠かせません。特に金融業界では顧客の機密情報を多数取り扱うため、情報漏えいのリスクを最小限に抑える取り組みが企業全体に求められます。

ペーパーレス化に向けた主要なデジタルツール例

ペーパーレス化の成功には、業務ごとに適したツール選びが欠かせません。証券業界でも多くの企業が導入している代表的なツールを活用すれば、業務の効率化と品質の向上を同時に実現することが可能です。

ツール1：DocuSign｜契約業務を完全電子化

DocuSignは、電子署名プラットフォームとして世界的に高いシェアを誇ります。契約書への署名をデジタル化することで、従来の紙と郵送にかかっていた手間や時間を削減できるのです。

例えば証券口座開設の契約や金融商品の購入同意書など、署名を必要とするすべての業務をオンラインで完結できます。さらに署名の信頼性や法的効力も確保されており、監査対応にも強い点が特長です。

参考：DocuSign

ツール2：Salesforce｜顧客と書類を一元管理

SalesforceはCRMとしての機能に加え、顧客ごとの書類管理や進捗の可視化を可能にするプラットフォームです。情報が分散しがちな証券取引の現場において、Salesforceを導入すればデータの一元化が進みます。

例えば、顧客の属性情報とともに契約書や過去の提案資料、コンプライアンス対応記録なども統合管理が可能です。これにより担当者間の情報共有がスムーズになり、対応の質が向上します。

参考：Salesforce

ツール3：kintone｜社内申請を電子化・自動化

kintoneは、ノーコードで業務アプリを構築できる柔軟性が強みです。紙で行われていた稟議や出張申請などの社内手続きを、テンプレートの活用により素早く電子化できます。

例えば営業報告や成果管理など、日々のルーチン業務に特化したアプリを自社内で内製することで外注コストを抑えつつ、業務のスピードと精度を高めることが可能なのです。多様なプラグインとも連携しやすく、業務全体の最適化に貢献します。

参考：kintone

ツール4：Adobe Acrobat｜帳票管理を効率化

Adobe AcrobatはPDFの編集・管理ツールとして広く知られていますが、証券業界においては帳票の一括作成や署名、注釈追加など日常業務に直結する機能が豊富です。

例えば、毎月の資産報告書や契約確認書などをテンプレート化し、ミスの少ない帳票運用を実現できます。またファイルのセキュリティ設定や電子署名機能により、安全性の高い情報共有が可能になるのです。

参考：Adobe Acrobat

まとめ｜ペーパーレス化のために証券DXを推進しよう

証券業界におけるペーパーレス化は単なる業務の効率化にとどまらず、顧客体験の質や企業全体の信頼性にも直結する重要な施策といえます。その実現には、明確な方針設定や万全なセキュリティ対策、そして最適なツール選定が欠かせません。

ペーパーレス化に不安を感じている企業や、一部で取り組みを進めているものの課題が解消されていない場合は、自社の現状を正確に把握することが大切です。ペーパーレス化を通じて業務の質を高めつつ自社の競争力を築くためにも、本記事を参考に最適なアプローチを検討してみてはいかがでしょうか。