証券DXで注目されるガバナンスの役割とは?成功事例や強化のヒントを紹介

証券DXの成功には、技術導入だけでなく、ガバナンス強化が欠かせません。リスク管理の徹底や組織体制の見直しなど、具体的な対策を詳しく解説し、安心してDXを推進するための重要なポイントを丁寧に紹介します。

証券業界ではデジタル技術の導入が急速に進み、その中でDX(デジタルトランスフォーメーション)が業務効率化や顧客サービス向上のカギを握っています。しかし、単にシステムを導入するだけでは真の成功は見込めません。重要なのは、DX推進においてガバナンスの役割を正しく理解して適切に機能させることです。

本記事では、証券DXにおけるガバナンスの意味やその重要性を具体的に解説します。また、政府が提唱するデジタルガバナンス・コード2.0を踏まえ、証券業界でどのようにガバナンスが進化し、企業運営の方向性が変わっているのかも紹介します。

証券DXにおけるガバナンスとは

証券DXの推進に欠かせないのがガバナンスの適切な運用です。

ここではガバナンスの基本的な定義から証券DXとの関係、さらにガバナンス不全によるリスクについて詳しく解説します。

参考:経済産業省|デジタルガバナンス・コード2.0

ガバナンスの定義と証券DXとの関係

ガバナンスとは、企業がその事業活動を適切に管理・監督し、法令遵守やリスク管理を行う仕組みのことを指します。証券業界では特に金融商品取引法や内部管理体制の遵守が厳しく求められ、DX推進にあたってもこれらの基準を満たす必要があります。

金融商品取引法では、不公正取引の防止や顧客資産の分別管理、適合性原則に基づいた勧誘のルールが定められており、デジタル技術の導入においても、これらのルールを損なわない業務設計が求められます。また、内部管理体制としては、取引の記録やモニタリング体制、コンプライアンスチェック機能の強化が必須となり、システム導入時のリスク評価や運用後の監査プロセスも含めた全体最適が重要です。

証券DXでは新たなIT技術の導入で業務効率や顧客利便性を高められますが、一方でデータ管理やシステムの安全性など、従来とは異なるリスクが発生しかねません。これらを見逃さずに適切に統制することがガバナンスの役割です。特に顧客情報の取り扱いにおいては、情報漏えい防止やアクセス権限の管理を厳格に行わなければなりません。

このようにDXとガバナンスは密接に結びつき、相互に補完し合う関係にあります。

参考:金融庁|金融商品取引法

参考:金融庁|証券会社向けの総合的な監督指針

企業におけるガバナンス不全が生み出すリスク

ガバナンスが機能しない場合、企業は重大なリスクに直面します。証券業界では、法令違反による行政処分や信頼失墜が特に大きな問題となります。例えば顧客資産の管理が不十分で誤送金が起こった場合、顧客からの損害賠償請求やメディアの批判に発展し、企業の社会的信用を失う可能性があります。

さらに内部統制の欠如は不正行為の温床になりやすく、内部告発や監査指摘による経営へのダメージは計り知れません。これらのリスクはDXによるシステム刷新の過程でも発生しやすいため、計画段階からガバナンスの視点を盛り込む必要があります。

つまり、ガバナンス不全はDXの成功を阻害するだけでなく、企業存続の危機を招く要因となります。

参考:金融庁|行政処分事例集

【参考】デジタルガバナンス・コード2.0とは

経済産業省が策定したデジタルガバナンス・コード2.0は、企業がデジタル時代に適応するためのガバナンスの指針を示しています。このコードは、企業の経営陣がDX推進において適切なリスク管理と透明性を確保しつつ、持続的な成長を目指すためのフレームワークです。情報セキュリティの強化、プライバシー保護、AIやビッグデータの倫理的利用などが具体的な項目です。

このコードの導入により企業は、単なるデジタル化ではなく倫理観や社会的責任も踏まえた

総合的な経営を行うことが求められます。証券業界においては、このコードを活用してリスクと機会をバランス良く管理しながらDXを推進することが求められています。

参考:経済産業省|デジタルガバナンス・コード2.0

デジタルガバナンス・コード2.0における企業運営の方向性

デジタルガバナンス・コード2.0は単なるルールブックではなく、企業が未来を見据えた経営を行うためのガイドラインとして位置付けられています。特に証券業界に対しては、デジタル化の波を捉えて競争優位の獲得や新たな価値創造に結び付けるための方向性が示されているためです。

ここからは、その具体的な3つのポイントを解説します。

①証券業界におけるデジタル化の影響を正確に把握する

まず企業は、証券業界全体におけるデジタル化の進展と影響を正確に理解する必要があります。近年は市場環境や顧客ニーズが急速に変化しているため、過去の成功モデルが通用しなくなっています。実際に、オンライン取引の拡大やモバイルアプリの普及によって顧客の期待が高まっていることを踏まえなければなりません。

また、API連携やクラウド利用が増えることでシステムの複雑化や外部リスクも増加します。これらを見極め、企業戦略に反映させることがDX成功の出発点となります。

②業務のデジタル化により他者との差別化を図る

次に、単にデジタルツールを導入するだけでなく、業務プロセス全体の見直しと最適化を行いながら差別化を目指します。例えば、顧客対応のチャットボットやAIによる投資アドバイス、取引の自動化などが挙げられるでしょう。これらのツールを導入することで迅速かつ質の高いサービス提供が可能となり、顧客満足度向上につながります。

また、業務効率化によってコスト削減が進み、収益性の改善も期待されます。こうした取り組みは競合他社との差別化要因となり、市場でのポジション強化につながるでしょう。

③デジタル化によって新たな価値創出を行う

最後に、デジタル技術を活用して新たなビジネスモデルやサービスを創出し、企業の持続的成長を支えます。例えば、ビッグデータ解析に基づく顧客分析や、ブロックチェーン技術を活用した取引の透明性向上が挙げられます。これにより、従来にはなかった付加価値を提供し、新規顧客の獲得や既存顧客の深耕が可能となるのです。

デジタルガバナンス・コード2.0はこのような挑戦に対して倫理的な枠組みと管理体制の整備を求めており、リスク管理とイノベーションの両立を目指す姿勢が強調されています。

証券DX推進においてガバナンス強化する際のヒント

証券業界におけるDX推進は単なるシステム導入やデジタル技術の活用にとどまらず、企業全体のガバナンス体制を強化することが不可欠です。ガバナンスを適切に機能させることで技術革新のリスクを抑えつつ、持続可能な成長を実現できます。

ここでは、証券DXを成功に導くためのガバナンス強化の具体的なヒントを解説します。

① 経営陣がDXの方向性とガバナンスの重要性を明確に打ち出す

まず、経営陣がDX推進の目的や方向性を明確に示すことが欠かせません。経営層の強いリーダーシップがなければ、現場の取り組みは断片的になりがちです。経営陣がデジタルガバナンスの重要性を理解し社内外に積極的に伝達すると、社員の意識も高まります。DXによる顧客サービスの改善やリスク管理の強化が、企業価値に直結することを繰り返し説明する手法は効果的でしょう。

これにより、ガバナンス強化が単なる規制対応ではなく戦略的な経営課題であるという共通認識が醸成されます。

② 「ビジョン・戦略・体制」の3点をガバナンスの観点から見直す

次に、DXの推進に向けて企業のビジョン、戦略、組織体制をガバナンスの視点で再検討しましょう。ビジョンは将来的な姿を示す羅針盤であり、戦略はその実現のための具体策です。体制はこれらを実行に移すための組織構造や役割分担を指すのです。例えば、ガバナンスを意識した戦略としてデータ管理のルール整備や情報セキュリティ強化の計画を盛り込む、といったことが挙げられます。

体制面では、DX推進部門とリスク管理部門の連携を強化し、責任の所在を明確にする仕組みづくりが求められます。これにより、企業の目標達成とリスク抑制の両立が可能となります。

③ IT・デジタルのリスクを経営課題として捉えて対策を講じる

デジタル技術を導入する際には、サイバー攻撃やシステム障害など多様なリスクが伴います。これらのリスクを単なる技術的問題ではなく、経営課題として位置づける必要があります。経営層がリスクの影響を正しく理解し、経営会議などで定期的に議論を行うことが重要です。例えば、情報漏えいリスクに対応するためのアクセス権限管理や障害発生時の迅速な対応フロー整備などが具体的な対策です。

こうした取り組みは事業継続性の確保や顧客信頼の維持に直結しますから、ガバナンス強化の根幹に位置づけられます。

④ ガバナンスを支える人材やデジタルリテラシーの育成を行う

DX推進とガバナンス強化の両立には、適切な人材の育成が欠かせません。特にデジタルリテラシーを備えた人材が社内に増えることで、現場での意思決定や業務運営の質が向上するでしょう。例えば、ITリスク管理の研修や最新技術に関する勉強会を定期的に開催し、社員の知識レベルを底上げする、といった施策が考えられます。

また、ガバナンス体制の維持には専門性の高い人材も必要であり、内部監査やコンプライアンス部門にデジタル技術の理解があるスタッフを配置するとよいでしょう。これにより、実効性の高い管理体制が築かれます。

⑤DXガバナンスにおける責任体制の構築を行う

デジタル化が進むほど、責任の所在が不明瞭になるリスクが高まります。そこで、DXガバナンスでは責任体制を明確に設定し、誰がどの範囲で意思決定や監督を担うかをはっきりさせることが不可欠です。例えば、DX推進責任者(CDXO)を設置し、経営層と現場の橋渡し役とするケースがあります。

加えて、リスク管理責任者や情報セキュリティ責任者と連携しながら総合的なガバナンスを実現することが望まれます。こうした体制は、トラブル発生時の迅速な対応と再発防止を可能にするのです。

⑥スピードと統制のバランスが取れたガバナンス体制を構築する

最後に重要なのは、DX推進において迅速な意思決定とガバナンスの統制を適切に両立させることです。過度な統制はイノベーションを阻害し、逆にスピード優先ではリスク管理が甘くなる可能性があります。

近年、日本取引所グループ(JPX)では、リアルタイムの株価情報や取引高、上場企業の決算動向、業種別指数など、多様な市場データが公開されており、証券業界全体が高度な情報分析と戦略的判断を迫られています。こうした情報は、投資判断だけでなく、DX施策の優先順位付けやリスク対策の根拠としても活用可能です。市場の変動性や投資家の動向を常時把握できる環境が整った今、データに基づく柔軟なガバナンス体制がこれまで以上に求められています。

したがって、両者のバランスを取りながら柔軟かつ堅牢な体制を目指す必要があります。例えば、迅速な判断が求められる案件は現場に一定の裁量を認めつつ、重要な決定は経営層で慎重に審査するといった階層的な仕組みが有効です。こうした運用は、変化の激しい証券市場に対応するためのガバナンス強化に寄与します。

参考:日本取引所グループ(JPX)|マーケット情報

証券DXにおけるガバナンス強化の事例

証券業界におけるDX推進は単なる技術導入だけでなく、強固なガバナンス体制を背景に展開されています。

ここでは、実際にDXとガバナンス強化を両立させた企業の事例を紹介し、具体的な取り組みと成果から学びましょう。これらの事例は、証券会社が直面するリスク管理と業務効率化の課題に対しどのように戦略的に対応したかを示しています。

事例①野村ホールディングス株式会社|AWSを活用したデータドリブンな運営

野村ホールディングスはクラウドプラットフォームとしてAWSを導入し、データドリブン経営の推進を図っています。大量の取引データや顧客情報を安全かつ効率的に管理しながら、意思決定の質を向上させているのです。

実際にAWSの高度なセキュリティ機能を活用し、情報漏えいリスクを低減しつつリアルタイムでデータ分析を実施できる体制を整備しました。この取り組みは経営層がデータを基に迅速かつ適切な戦略判断を下すための基盤として機能しており、ガバナンスの強化にもつながっています。

加えて、コンプライアンス遵守のための自動監査機能も導入されており、リスク管理の高度化を実現したのです。

参考:野村ホールディングス株式会社

事例②内藤証券株式会社|サイバーセキュリティ対策強化による「DX認定事業者」取得

内藤証券は、DX推進に伴うサイバーセキュリティの強化を最優先課題として位置づけました。実効性の高いセキュリティ対策を講じた結果、国の「DX認定事業者」資格を取得しています。

例えば、従来のネットワーク防御に加えてAIを活用した異常検知システムを導入することで、サイバー攻撃の早期発見・対応が可能になりました。これにより、顧客情報の保護だけでなく、企業の信頼性向上にも貢献しています。

さらに、社員のセキュリティ意識向上を目的とした定期的な研修やインシデント発生時の迅速な対応マニュアル整備も行い、ガバナンス体制の盤石化を図りました。

参考:内藤証券株式会社

事例③株式会社三井住友フィナンシャルグループ|グループ・グローバルITガバナンスの導入

三井住友フィナンシャルグループは、国内外のグループ会社を横断するグローバルITガバナンス体制を構築しています。DX推進に伴い、統一的なルールと基準の整備が急務となったためです。例えば、IT投資の審査プロセスやリスク評価基準をグループ全体で統一し、複雑な情報システムを一元的に管理しています。

また、海外子会社においても同様のガバナンス基準を適用し、コンプライアンスリスクを低減させています。これにより、多様な市場環境や規制に柔軟に対応しつつ、グループ全体でのDX推進速度を加速させることに成功しました。

参考:株式会社三井住友フィナンシャルグループ

まとめ|証券DXを成功させるためにガバナンス対策もしよう

証券業界でDXを推進するには、技術導入と並行して強固なガバナンス体制を整備することが欠かせません。各社の事例からも分かるように、リスク管理や組織の責任明確化、さらには人材育成を通じたデジタルリテラシー向上が不可欠です。これにより、DXのメリットを最大限に活かしながら情報漏えいやサイバー攻撃といったリスクを抑制できます。

とはいえ、自社だけでDXの体制を構築するのは簡単なことではありません。ガバナンスの強化や運用ルールの整備に課題を感じている企業は、専門家の支援を活用するのも一つの有効な手段です。

客観的な視点や専門的な知見を取り入れることで、より確かな方針のもと、DXを着実に推進できるでしょう。無理のない形で前進するためにも、まずは本記事を参考に取り組んでみてはいかがでしょうか。